2010/3/13 クエッタの人々


Nadir Khan Kakarさん(37歳)。食堂の経営のほか、カラチ行き、イラン行きの大型バスのチケットを売っている。(安宿も含めてホテルが集まる地区で気さくに声をかけてくれるので、クエッタ(Quetta)を訪れてお世話になった日本人も少なくないかもしれない。私は、この地区で安宿が地元人で満室であったので彼に聞いて別の安宿街を紹介してもらった。彼は「この2週間、Chman国境は米軍に占拠されて地元人も通行できない。」と言っていたが、私が訪れたときには国境は開かれていた。)



Liaqatバザールの一角にはハザラ人の屋台・物売りが集まる。写真はMuhammad Aliさん(写真右)の腕時計販売・修理屋台。
同じイラン系かつシーア派である、イラン人(ペルシャ人)については、「金持ちが多い」「美人が多い」などと好印象なのに、ハザラ人は被差別民族であり低賃金の仕事につくことが多い。とくに歴史的にパシュトゥン人とは根が深く、アフガンでは互いの虐殺が起きている。(タリバン台頭時のハザラ人への虐殺が有名であったが、それ以前には逆もあり、パシュトゥ人にしてみれば「ハザラ人の方が残酷」と口をそろえる。)
顔つきはモンゴロイドに似ていて日本人も彼らに間違えられる。



Jaffer Aliさん(25歳、写真中央)の服屋台(下着など)。月収5,000~6,000Rs(約5,300~6,350円)ほどだそうだ。



Safar Muhammadさん(23歳、写真手前右)はパシュトゥン人。腕時計販売・修理屋台で1日に200~300Rsを稼ぐ。



学生のBliraheem君(18歳、写真右から3人目)、Mateeullah君(19歳、写真右から2人目)。

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